2009年07月31日
南仏の旅 第1話

私は静岡の大道芸祭に長いことボランティアとして参加したのですが、そのとき知り合った大道芸人を訪ねがてら南仏アヴィニョンの演劇祭を見に行こうと、数年前の夏フランスにひとり旅立ちました。
パリからアヴィニョンに向かう車窓の景色は次第に田園風景へと変わり、南仏名物ひまわりも姿を見せ、延々と続く黄色の大輪は圧巻でした。
ローカル線の列車に乗ったときの事、ユーレイルパス(ヨーロッパ18ヶ国で使える共通券で綴りになっていて一枚で一日何度でも乗車出来、その日初乗車する際に自分で日付を書き込む義務があり怠ると罰金を取られる。)を持っていた私は、若気の至りでタダ乗り出来るかな?と思いつきパスに日付を入れずにちゃっかり座っていました。すると突然ガラガラッとドアが開き車掌が入って来たので慌てて日付を入れたのですが、車掌はそれを見逃しませんでした。
『 オマエ、今、日付を入れただろう!
違反だとわかっての事だなあ?!
罰金! 罰金だ~!!(`ヘ´) 』
多分こんな内容の事をフランス語でまくし立てていたのでしょうが、こういう時はトボけるほかありません。
『 え~? ごめんなさい。
何言ってるのか全然わからないんですけど…。 』
と、全く言葉のわからないフリをしてシラを切っていたら、正面に座っていた中年の優しそうな女性がつたない英語で一生懸命車掌の台詞を訳してくれるのです!
ここでわかってなるものかと私は英語もわからないフリをして首をひねっていると、車掌もいい加減あきれて立ち去ってしまいました。結局タダ乗りは阻止されてしまいましたが、罰金はどうにか免れました。
親切な奥さんごめんなさい。私は確信犯でした。(^_^;) 南仏旅行記来週に続く…
作品は2001年個展より 《 春の山々 》 です。
2009年07月17日
火星の人類学者

『レナードの朝』の原作者、オリヴァー・サックスという脳神経科医の『火星の人類学者』という本を読んでいます。脳の病に侵された7人の患者と行動を共にし観察した医学エッセイで、彼らを単なる症例としてではなく一個人として人間味溢れる眼差しで見つめています。
それまで画家、デザイナーとして活躍していたひとりの男の人は、交通事故以来脳にダメージを受け視覚に異常が起こり、色彩を奪われモノトーンの世界に住むことになります。
考えても見てください!食卓に並ぶ食べ物、人の顔、庭に咲く花々、全てがグレーの濃淡なのです。
私は考えただけでゾッとしました。絶望し苦しんだのち彼はモノトーンの絵を描き始め、夜行動するようになります。彼によると夜は広々としているそうです。
何年もかかって絶望と喪失感を乗り越えた彼は色に邪魔されてそれまで見えていなかった微妙な形や質感を見出し、新しい世界感を構築していくのです。彼は色盲を『新しい感覚と存在の世界への扉を開いてくれた奇妙な贈り物』と考えるようになったそうです。
この他にも体をよじったりする痙攣性チックや様々な強迫観念を伴うトゥレット症候群の男性が病と闘いながら立派に外科医として活躍している様など、信じがたい話ばかりでした。
人には大なり小なり様々な試練が与えられますが、それとどう向き合うか考えさせられる本です。
作品は2002年個展マウンテンパレードより 《 アラスカ 》 です。
2009年07月10日
映画チェ・ゲバラを観て


今年はキューバ革命50周年という事で、スティーヴン・ソダーバーグ監督による
2部作の映画《チェ 28歳の革命》と《チェ 39歳別れの手紙》を観ました。
あまりにも有名な彼ですがキューバ革命についてもほとんど知らなかった私は
勉強のつもりで映画館に足を運びました。
20世紀半頃、ラテンアメリカでは圧制により文盲の農民達が搾取され苦しめられていたようで
それを目の当たりにした若きアルゼンチン人の青年医師エルネスト・ゲバラは、独裁政権に苦しむ
故国キューバを救おうと決起した若き活動家フィデル・カストロと運命の出逢いを果たします。
総勢82人の革命軍に対して政府軍は2万人。山中でゲリラ戦を繰り広げますが農民達に誠実で
彼らを味方につけた革命軍は2年余りの戦いの末、とうとう独裁政権を倒します。
映画の中で描かれていたチェは人間愛に基づく高い志と自身にも他人にも厳しい姿勢、
仲間への忠誠心、死を恐れぬ心など、やはりただならぬカリスマ性を持った人物でした。
彼が《チェ》と呼ばれる所以は彼が仲間に対して親しみを込めて『ねえ、君』といった意味のアルゼンチン語《チェ》をよく用いていたからなのだそうです。革命のリーダー、カストロは『子供達にどんな人間になってほしいかと言われれば、私はゲバラのような人間にと答える。』と言ったそうです。
キューバは社会主義の国なので職業選択の自由など無いかもしれませんが、誰かが路頭に迷うこともなく教育と医療費はタダ、医者の数は日本では500人に対して1人のところがキューバでは150人に対して1人なんだそうです。農業は有機農法で野菜は殆どが自給されているそうです。
今、深刻な雇用問題を抱え年間3万人もの自殺者を出し、食料は輸入に頼っている日本と比べるとどちらが健全なのか解らなくなります。
ドキュメンタリー番組で見たキューバの人々はみないい顔をしていました。
作品は2000年個展より 《 月夜の小道 》 です。
2009年07月03日
ル・コルビジェのロンシャンの礼拝堂

以前フランスを一人旅した時、ル・コルビジェ(1887~1965 近代建築3巨匠の一人だそうです。)
の設計したロンシャンの礼拝堂を見ようと列車に飛び乗ったものの、フランス語も解らず
不慣れな私は結局ロンシャンに行き着くことが出来ず、パリに戻ったのでした。
この絵は写真を元に私が描いたものです。きのこのような不思議な形をしていますが
実際は蟹の甲羅に見立てたものだそうです。
コルビジェは20世紀初頭の近代社会にふさわしい建築、都市のあり方を提唱し鉄筋コンクリートを
使い機能的で合理的な建物を作ったそうですが、この晩年の作品はそれらとは異なるもののようです。
数年前、初台の東京オペラシティの美術館でコルビジェ展を見ましたが、その洗練されたスマートな
建築とは対照的に、彼の描いた絵や彫刻はプリミティブ(原始的)でとても生命力に溢れたもので
彼の中に相反するふたつのものを見たような気がしました。
展示室内に彼が晩年を過ごした南仏コート・ダ・ジュールに建てた小さな木の小屋(16平方メートル)
が再現されていたので入ってみると、必要最小限の簡素なベッドとデスク位しかなく、まるで船の
キャビンのようでした。
気の毒な事に、最後は日課だった海水浴に出かけたまま帰らぬ人となったそうです。
礼拝堂の絵、よく見ると人の顔に見えてきませんか?